投稿日:2008-04-20 Sun
少し前のことなのですが、どうにも現代社会での生き方、働き方ということについて行き詰まりを感じ、自己啓発、ビジネススキル、哲学、仏教などの関連書籍を読みあさったことがありました。今は、乱読の時期は過ぎて、岩波文庫にある鈴木大拙さんの『東洋的な見方』を少しずつゆっくりと読んでいます。
ご存じない方のために補足しますと、著者である鈴木大拙(すずき・だいせつ)さんは、「禅」の文化を英語で海外に広く紹介した国際的にも知られた仏教学者。
また、アメリカの女性と結婚し、東洋と西洋の文化を世界規模で捉え直すということを自らの人生で体現したというとてもグローバルな経歴の持ち主でもあります。
また、アメリカの女性と結婚し、東洋と西洋の文化を世界規模で捉え直すということを自らの人生で体現したというとてもグローバルな経歴の持ち主でもあります。
昨日も少し読んでいたのですが、その中で、「創造の自由――『荘子』の一節」というところが、まさに今、日本の社会が直面している問題の本質に迫っているように感じました。
この「創造の自由」という項では、東洋の二つの流れ、「儒教的なもの」、「老荘的なもの」を我々はどうやって捉えていくか、ということの問題提起の形をとっています。
50年近く前に書かれたものですが、読んでみると、まさに現代日本で抱えている問題そのもの。
人間が社会を作り、生きていく限り、永遠のテーマなのかもしれません。
ここでは、「儒教的なもの」=「形式的・律法的・機械的方向へ」、一方「老荘的なもの」=「自由性・創造性に重きを置く」という図式が提示されています。
私などは根っからのクリエイターですから、いきおい「老荘的なもの」に魅かれてしまうのですが、「儒教的」な規律もまた軽んじては社会が成り立たちません。その折り合いのつけ方について、もっともっと考えを深めていこうと意識させられます。
これを書かれた当時、鈴木さんは90歳くらいなのですが、それでもなお、「どういうふうに協調していけるか、あるいは、また、どうしても協調していけぬか。」と、言っておられることは、これから生きていくうえで、考え続けていくことに価値があると示唆されているように私は受け取りました。
投稿日:2008-04-09 Wed
物や人、その他もろもろのことを「見極める」ということについて、ちょっと考えてみました。これは、五感それぞれの感覚を研ぎ澄ますことも大切ですが、それらをうまく使いこなして、良し悪し、真贋を見抜くコツがそれぞれの分野にあるのだと思います。
例えば、なんでも鑑定団ではありませんが、骨董品の真贋、価値を見抜くには大変な知識が必要なのだと思われますし、八百屋さんはおいしい野菜を見抜く、魚屋さんはおいしい魚を見抜く、あるいはスポーツ選手の素質を見抜く、優れたミュージシャンを見抜く、人材発掘のようにビジネスパースンの素質を見抜くといったことまで、実に様々です。
昔から「伯楽」という言葉があるように、本当によく見極める目を持った人というのが世の中にはいます。
そういう人にかかると、まるで魔法のように良し悪しを見分けますが、きっとそこには膨大な知識と、どこに着目すればいいかということの蓄積があるのだと想像されます。
何かを見極めることに長けた人の内部では、感性と知識の見事な連携が起こっているように感じます。
今の時代はさしずめ「情報」や「サービス」に対する良し悪しを見抜く目が求められているといったところでしょうか。
余談ですが、「目利き」という言葉もありますね。
最近日本語の「きく」という動詞が面白いなと感じています。
聞く、聴く、利く、効く、訊く、効き目、利き目、聞き耳、利き酒……
基本語彙ですから、おそらく漢字伝来以前からの意味の幅広な動詞だったんだろうなと勝手に想像していますが、今後調べてみたいところです。
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テーマ:思ったこと・感じたこと - ジャンル:日記
投稿日:2008-04-07 Mon
私が作曲、編曲を習った先生の言葉で、時々思い出すことがあります。絶対音感がなくとも、朝起きたときに440Hzの音を聴いてその音をできるだけ長く記憶できるように毎日続けたら、ほとんど絶対音感みたいになるという趣旨のことでした。
絶対音感というのが科学的にどういうことなのか、私にはわかりませんが、先生の言葉も一理あるなと思ったことは事実です。
聴音は、そのときの体調(心理的な問題なのかもしれませんが)に左右されることは私自身、学生時代に身をもって体験しました。
そういったコンディションを知る上でも、朝起きて自分をチューニングするイメージで音を聴いてみるというのも悪くはないなと最近思うようになりました。
また、色を扱う仕事をしていないとなかなか気がつかないことですが、色に対する感覚というのもそのときの採光、照明、体調によってずいぶん違います。
私は写真屋で毎日写真をプリントしていた頃、そのことを実体験として気がつき、「人間の感覚とはずいぶんいい加減なものなんだなぁ」と改めて思ったものです。
耳や目に限らず、自分の「感覚」は一生使うのもですから、大切に毎日チューニングしてあげるという習慣を続けると、自然と感覚が鋭くなってくるのが実感されることと思います。
やり方は人それぞれですが、自分にとって大切な感覚を毎日チューニングする。ぜひお試しあれ。
ちなみに私は、自分でプリントしたベストな色味の写真を今でも毎朝見るようにしています。
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投稿日:2008-04-02 Wed
本屋さんでビジネス関係の雑誌をチェックしていたら、思いがけず音楽関係の記事があり、ついうれしくなってご紹介。載っていた雑誌は「BIZ STYLE」のNo.1。
ヴァイオリニストの奥村愛さんのインタビュー記事でした。
奥村愛さんの写真の話
見開き2ページなのですが、左側1ページは奥村さんの写真。記事の内容は後に回すとして(笑)、この写真はうまいですね。
ヴァイオリニストはこう撮るべしっていう見本のような写真。色味も素晴らしくヴァイオリンの雰囲気に合っています。被写界深度も絶妙といったところでしょうか。
CDジャケットとかヤマハの雑誌「音遊人」のインタビュー記事の写真も見ましたが、BIZ STYLEのほうがよく撮れているというか、すごく自然な写真ですね。
音遊人の写真もきれいではあるのですが、わざとレッドを強く出しているにもかかわらず、ヴァイオリンのほうが悪い意味でナチュラルに写りすぎて趣がない感じなのが残念ですね。
余談ですが、BIZ STYLEという雑誌自体、ビジネス誌にしてはデザインに気を使っていて好感が持てます。
なごみ系ヴァイオリニストたるゆえん
肝心の記事の内容ですが、クラシックというと何か特別なジャンルになってしまっている日本の現状から、その敷居の高さをどうにかしたいという思いが伝わってくるインタビューでした。
同年代のアーティストがこういう形で、新しい道を切り開いていっているのが頼もしくもあり、負けてられないぞっていう気持ちもあり、いい刺激になります。
そして奥村さんの公式ホームページがgeocities.jpにあるのも、なんだか不思議だけど、なんか等身大なんだなぁと思い、「クラシックを気軽に」ということとも似ていて面白いですね。
さすが「なごみ系ヴァイオリニスト」です。
サイトを作るからってドメインとることは必須じゃないよっていう。ずっとこのまま続けて欲しいですね。
今回のBIZ STYLEにはもうひとつ気になる記事が載っていました。
「「富士フイルム」に学ぶ 潜在力の発揮法」と題し、あの写真業界がデジタル化の波をまともに受けた激動の時期に富士フイルムがヘルスケア事業へ参入していったときに活躍した人々の生の声を記事にしたものでした。
私も同時期に写真業界の末端にいた者として胸が熱くなるようなそんな記事でした。
<関連リンク>
ビズスタイル
奥村愛 公式ホームページ
奥村 愛のブログ
奥村 愛:avex-CLASSICS
テーマ:雑誌(既刊〜新創刊) - ジャンル:本・雑誌
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